Vo. 伸哉 Gu. ツヨシ Ba. 真太郎 Dr. コウタ 結成は1995年秋頃。オリジナルメンバーのVo.伸哉Voを中心に活動開始。
初期の頃はU.K.80'S PUNKをベースに、BLITZ・C-REJECTS・4-SKINS・BLOOD等の
U.K.STREET PUNK的な音楽に影響を受け1st.Demo TAPEを作成し、大阪・東京のみで発売。
その後Bassが脱退、(現在はBOOTSTOMP RECORDS社長に昇格)一時3人のみの活動となるが、
その当時「FOLLOW NO LEADERS」V.A.album(NAT RECORDSより発売)に2曲参加し好評を得る。
同時に東京・名古屋を中心に地方にもライブツアーを開始する。96年暮れに現Baの真太郎が加入、第2期YOUTH ANTHEMとして精力的にライブ活動を展開。
97年6月にはドイツのSTREET PUNK BANDのOXYMORONの大阪公演のオープニングアクトをつとめ、
KNOCK OUT RECORDSから1st.singleの発売が決定。
98年に1st.single「STANDING POINT」として同KNOCK OUT RECORDSよりリリース。
その後、DICK SPIKIE・THE DISCOCKSと共にMCRより「TRANSITION PERIOD」7’に参加。
いくつかのコンピレーションやV.A.video等に参加した後に、
99年秋に札幌のSTRAIGHT UP RECORDSより1st.album「青天の霹靂」をリリース。(廃盤)2000年3月より当時滋賀出身の陽(ex月影)、大阪のネイチャーコールズミーと共に
「走らなアカン夜明けまで」と名打った自主企画をスタート。
5月にはDROPKICK MURPHYS(USA)の大阪公演のオープニングアクトをつとめる。2000年12月に同じくSTRAIGHT UP RECORDSより4曲入マキシシングル「虚空の風」をリリース。(廃盤)
同時期に日本のSKINHEADS V.A.「Oi UNITED NATION」に1曲参加。(廃盤)2001年4月に東京の73RECORDSより東京のアルマジロバンド・ONE FOR ALL・大将と共に
「アルマジロバンド・大将・YOUTH ANTHEM・ONE FOR ALL」V.A.(3曲参加)をリリース。(廃盤)
11月には再び心斎橋クラブクアトロにてDROPKICK MURPHYS(USA)の大阪公演のオープニングアクトをつとめる。
2002年より「SET YOU FREE」や「VIVA! YOUNG」などの企画にも出演が増え、
活動の幅が広がるにつれ音楽性にも幅が出てきたのを機に、
2002年10月に4曲入Demo CD-R「終わりなき疾走」を自主リリース。2003年5月には東京のCOOLER KING MuQUEENとのSPLITシングルを東京のSTIFFEEN RECORDSよりリリース。
新たなるステップとして製作した、収録曲の「大阪砂漠」が好評を得る。
7月には関西の次世代シーンを担うバンドを多数収録したV.A.「Rhythm, Rhyme & Core」に1曲参加。
今までにない精力的なライブ本数をこなしながら、RAMONES TRIBUTE V.A.「Something To Believe In」に1曲参加。
しかし新アルバム製作を目前に、メンバー内の事情によりオリジナルギターの西友裕が12月に脱退。
残されたスケジュールを3人でなんとか乗り切りながら新メンバー探しの中、2003年を終える。
2004年の幕開けと共に、福岡・久留米より新ギタリストの永田義幸が加入。
2004年3月28日、第3期YOUTH ANTHEMとして大阪・福島セカンドラインにて復活を遂げる。
5月には新メンバーにて旧音源からの過去の代表曲をピックアップした
セルフカバー集「走らなアカン夜明けまで」をメンバー自身で自主レコーディング&リリース。
作品リリース先が「FREIHEIT/フライハイト」に決定。10月には十三ファンダンゴにて開催された
フライハイト所属のバンドによるイベント「FREIHEIGHTS」に出演。その後、度重なるリハーサルを重ね、
2004年11月に東京のフライハイトスタジオにて、新メンバーによる初のスタジオレコーディング。
結成10年目に突入した2005年4月に待望のオリジナルタイトル「永遠の軌跡」をフライハイトよりリリース。
結成後初のレコ発ツアーとなる「EVERLASTING TRACKS TOUR」を西日本中心に行い、
東名阪は盟友LAST TARGETをサポートに迎え、各地で精力的なステージを展開。
その後もライブとリハを重ねる中、8月には再度レコーディング敢行、全力で渾身のアルバムを仕上げる。
11月5日、十三ファンダンゴにて先行発売を兼ねたプレイベントを行い、
12月にフライハイトからの2作目となる「理由なき衝動」をリリース。2006年「理由なき衝動」発売記念ツアー「JUSO CALLING TOUR」を皮切にスタート。
その直後にオリジナルドラマー嶋の脱退表明があり、このツアーを最後に脱退する事を決意。
2006年3月5日、ツアーファイナルである十三ファンダンゴにて嶋ラストライブを行う。
大勢のファンが駆け付けてくれた中、惜しまれながらラストステージを盛大に飾る。そういう中、Vo.伸哉はワービー&サービーの正式ギタリストとして加入、
YOUTH ANTHEMとは別の音楽を追い求め始める。その後、伸哉と同じ地元で音楽的な先輩にも当たる新ドラマーの竜(現バラケッツ・COBRAにて活躍中)を迎え、
2006年4月1日のイベントにて華々しく第4期YOUTH ANTHEMがスタート。
精力的にライブをこなしながらも次回作や活動状況を模索している中での突然の緊急解散表明。
2006年8月12日、東京・新宿アンチノックのステージにて解散。
度重なる色んな出来事にVo.伸哉のわがままな気持ちが原因で一時的に活動を永久休止とした。その後まもなく、SPREAD TRUE DRAGON(S.T.D)を結成、YOUTH ANTHEM名義として残っていたライブを消化しながら
SPREAD TRUE DRAGONとして音楽活動を再開。
地元・大阪での解散ステージを行わなかった事に対しての解答として
YOUTH ANTHEMの楽曲を引き語りイベントで披露、それを最後にYOUTH ANTHEMを一切封印とした。その後、全く違った音楽のスタンスを取りながら2007年を迎え、S.T.Dとして活動するが、
Vo.伸哉の音楽に対する不安定な態度が原因で、活動は停滞。
東京・高円寺20000ボルトのステージを最後にS.T.Dは活動停止。
同じくしてメンバーからの強い要望により、再度YOUTH ANTHEMとして活動する事となる。周囲からは期待と批判の声も大きい中、2007年6月17日、梅田バナナホールにて開催された
バーCREEK 12周年記念イベントにて再度活動再開。
ギタリストとしてオリジナルメンバーの西を迎えての活動再開となるが、
間もなくしてドラマーの竜がCOBRAに正式加入となる為に脱退、またもや活動停止となる。不安定な活動の中、もう一方でBa.真太郎はサイドバンドを結成、
伸哉はワービー&サービーのフルアルバムレコーディングをしながらメンバーを模索。
一時的な活動再開が原因できっちりと周囲にもケジメをつけれなかった事を反省しながら、
正式メンバーとしてMEGA STOPPERのGu.ツヨシ、元DAMN STRIPのDr.コウタを迎えて
2007年秋に第5期・新生YOUTH ANTHEMがスタート。2008年より本格的にバンド活動を再開。